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英国 (FIRS)解説

英国版FARAの正体――FIRSの二層構造を読む

英国のForeign Influence Registration Scheme(FIRS)は、しばしば「英国版FARA」と呼ばれる。

確かに、外国勢力のために行われる活動の透明性を高めるという点では、米国の外国代理人登録法(FARA)と共通する。しかし、実際の制度設計を見ると、FIRSは単なるFARAのコピーではない。

むしろFIRSは、米国法におけるFARAと18 U.S.C. §951という二つの異なる発想を、一つの制度の中に統合したものとして理解するとわかりやすい。

FARAが重視するのは透明性である。誰が外国のために活動しているのかを開示させることによって、政策形成過程や世論形成過程の透明性を確保しようとする。

これに対し、18 U.S.C. §951は、外国政府のために米国内で活動する者を国家安全保障の観点から把握することに重点を置いている。

英国のFIRSは、この二つの発想を「二層構造」として一つの制度の中に組み込んでいるのである。

FIRSを支える「foreign power」という概念

FIRS全体の出発点となるのが、国家安全保障法2023第32条の「foreign power」の定義である。

第32条は、外国政府、外国政府の機関・当局、外国の統治政党、外国国家元首(公的資格において行動する場合)などを「foreign power」として定義している。

ここで注目すべきなのは、FIRSが対象とするのが主として「外国国家」であるという点である。

米国FARAの「foreign principal」は、外国政府だけでなく、外国企業、外国団体、外国個人まで含む広い概念である。

これに対してFIRSは、外国国家による影響力行使を中心的な関心対象としている。

この違いは制度全体の性格を大きく左右している。

FARAが「外国主体による政治的活動の透明化」を重視する制度であるのに対し、FIRSは「外国国家による影響力行使の可視化」という安全保障的な問題意識をより強く反映しているのである。

第一層――Political Influence Tier

FIRSの第一層は、Political Influence Tierである。

これは外国勢力との取決めに基づいて英国国内で政治的影響活動を行う場合、その関係を登録させる制度である。

中心となるのは第69条第70条である。

第69条は、外国勢力との間で「foreign influence arrangement」を締結した者に対し、その取決めを登録する義務を課している。

そして第70条は、その対象となる「political influence activity」を定義している。

第70条によれば、対象となるのは単なるロビー活動に限られない。

国会議員や政府高官への働きかけ、公衆に向けた政治的コミュニケーション、さらには英国国内の個人や組織に対する金銭・物品・サービスの提供なども含まれ得る。

もっとも、あらゆる広報活動が対象となるわけではない。

これらの活動が、

・選挙
・国民投票
・政府の政策決定
・議会活動
・政党活動

などに影響を与える目的で行われることが必要である。

つまりFIRSは、政策決定者への直接的なロビー活動だけでなく、政治的影響力を行使するための広範な活動を対象としている。

この点はFARAとよく似ている。

FARAもまた、外国主体のために行われる政治活動や広報活動を登録・開示の対象としており、活動自体を原則として禁止する制度ではない。

問題とされているのは活動内容ではなく、その活動の背後に存在する外国勢力との関係である。

第二層――Enhanced Tier

FIRSの特徴は、これに加えてEnhanced Tierを設けている点にある。

この層は、透明性の確保だけではなく、安全保障上のリスク管理を目的としている。

中心となるのは第65条および第68条である。

第65条は、「foreign activity arrangement」の登録義務を定めている。

指定された外国勢力(specified foreign power)または指定された外国勢力支配組織(specified foreign power-controlled entity)との取決めに基づいて英国国内で活動する場合、その取決めを登録しなければならない。

ここで重要なのは、Political Influence Tierのように「政治的影響活動」であることが必須要件ではないという点である。

Enhanced Tierでは、

「何をするのか」

よりも、

「誰のためにするのか」

が重要になる。

つまり、活動内容そのものではなく、活動の相手方が指定外国勢力であることに着目する制度なのである。

さらに第68条は、指定された者(specified person)自身が英国国内で関連活動を行う場合についても登録を要求している。

この規定によって、外国勢力から指示を受けた第三者だけでなく、指定外国勢力支配組織などが自ら活動する場合も制度の対象となる。

この構造を見ると、Enhanced Tierは単なるロビー活動の透明化制度ではないことがわかる。

むしろ、国家安全保障上注意を要する外国勢力の活動ネットワーク全体を把握しようとする制度である。

指定外国勢力はどのように決まるのか

もっとも、どの国がEnhanced Tierの対象になるのかは法律本文には書かれていない。

国家安全保障法は政府に指定権限を与え、その具体的な指定は二次立法(Statutory Instrument)によって行われる。

2025年7月の制度開始時点では、ロシア及びイランが指定対象となっている。

したがってEnhanced Tierは、あらゆる外国国家を対象とする制度ではなく、英国政府が特に安全保障上のリスクが高いと判断した外国勢力を対象とする仕組みである。

FARAと18 U.S.C. §951の中間に位置する制度

以上を整理すると、FIRSの構造は次のようになる。

第一層であるPolitical Influence Tierは、外国勢力のために行われる政治的影響活動を登録させる制度であり、FARAに近い。

第二層であるEnhanced Tierは、指定外国勢力との関係をより広く登録させる制度であり、18 U.S.C. §951に近い安全保障法的発想を持つ。

もちろん、Enhanced Tierは§951そのものではない。

§951は刑事法規であり、外国政府のために活動する者を直接処罰の対象とする。

これに対しFIRSはあくまでも登録制度である。

しかし、外国政府との関係そのものに着目し、その活動ネットワークを把握しようとする点では、両者の問題意識には共通する部分がある。

その意味でFIRSは、

「FARA型の透明性制度」と「§951型の安全保障的発想」

を一つの制度の中で組み合わせたハイブリッド型の外国影響力規制であると評価できる。

おわりに

日本で外国影響力規制や日本版FARAが議論される場合、多くの議論は米国FARAをモデルとして行われる。

しかし、英国FIRSを見ると、透明性の確保と安全保障上のリスク管理を別々の層として設計するという、もう一つの制度設計の可能性が見えてくる。

FIRSの最大の特徴は、外国勢力による政治的影響活動を可視化するだけでなく、安全保障上のリスクが高い外国勢力については、より広い範囲の活動を把握する仕組みを組み込んだ点にある。

日本版FARAを考える際にも、この二層構造は重要な比較法上の示唆を与えているといえるだろう。